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下りるために登るのさ 横山秀夫 著『クライマーズ・ハイ』

f:id:hase-base:20220321135848p:plain 過去の本屋大賞を読んでみようシリーズ、今回は2004年の本屋大賞で2位となった作品、横山秀夫さんが書かれた「クライマーズ・ハイ」についてご紹介させて頂きます。

実在した事件がベースとなった小説

この小説は1985年に御巣鷹山で発生した日航機ジャンボ機墜落事故をモチーフとした作品です。

私はこの事故が起きた時まだ産まれていなかったのでこの事件は「こういうことがあったのか」くらいの知識でしか把握していないのですが、512名もの尊い命が一瞬にして奪われてしまったこの事件。当時を知る人であれば「飛行機の安全神話」が撤回されるというインパクトが非常に大きな事故だったのでしょう。

作者の横山さんも以前は地元の新聞記者をされていたようです。だからでしょうか、新聞社の内部の事情がとても詳しく書かれていました。

とある新聞記者の壮絶な物語

群馬県の地元新聞社に務める敏腕編集者の悠木は、友人の安西と衝立岩に登る約束を取り付けていました。ワースト・オブ・ワーストとも呼ばれる衝立岩に登るという決意をしたものの、登頂に対し恐怖心が悠木を襲う。

安西と悠木は登頂日の前日に最寄りの駅で落ち合う約束をしていたが、数奇な事に駅に向かう数分前に世界最大となる飛行機事故である日航機墜落事件が起きてしまう。

突然降ってきた前代未聞の大事件に新聞社は大混乱。

今回起きた日航機ジャンボ機墜落事故の全権デスクとなった悠木。

悠木の一瞬の判断で社内全体が動いていく緊迫したシーンが続き、小説を読みながらもその臨場感が伝わってくるかのような1冊です。

この小説は現在の悠木が衝立岩に登るシーンで幕を開け、「17年前にも衝立岩に登るはずだった」と悠木が過去を回想する形で物語は続いて行きます。

そして日航機ジャンボ機墜落事故当時の悠木のシーンと、17年越しに衝立岩に登る悠木のシーンと小説は二部構成で進んでいきます。

静の家庭と動の職場のコントラスト

悠木をはじめ、悠木の社内の人は皆とても熱い人間ばかりです。

それは純粋に仕事に対する熱意なのか、過去の自分の栄光を定年まで勲章のように持ち続けるための威嚇のためなのか、その動機は人それぞれですが、皆自分の持ち場を守るために必死だな、というのが率直な感想です。

そんな熱い職場の環境に反して悠木は家庭に対してどこか一線を引いているかのような居心地の悪さを感じてしまいます。

それは悠木の息子の淳の顔色を伺ってしまうようになったからなのか、悠木の自身の幼少時代に原因があるのか、悠木自身もはっきりとはわかっていません。

この職場と家庭の温度差のコントラストが物語の中で非常にシャープに描かれており、緊迫したシーンが続いた後に家庭でのシーンが挟まれることで箸休めのような効果があるのかな、と感じました。

物語で描かれる死

この物語では日航機ジャンボ機墜落事故の犠牲者512名の死の他に悠木の友人の安西の死、そして悠木のかつての後輩である望月の死が描かれています。

物語の後半で望月のお嬢さんが登場し、悠木の作っている新聞に自身の投書を掲載してほしいと持ちかけます。

その投書は望月のお嬢さんが感じる「命の重み」について書かれていました。

新聞記者である悠木は「人の死」について鈍くなってしまっており、視聴者の道場を誘う一種の商売道具のように扱ってしまっていたのではないでしょうか?この手紙は何よりも心に響き考えさせられたのでしょう。

また、私自身ぞんざいに葬られる死なんてものはないと改めて感じる事になりました。

随所に考察すべきポイントが

この1冊を通して、社内政治とは何か、出世とは何か、人の死とは何か、家族との向き合い方、過去のトラウマとの対峙、など考えさせられるポイントが多かったように感じます。

また、私は冒頭のシーンから回想のシーンに移り変わっていることに気付くのが遅く物語の輪郭を把握するまで時間がかかり、事故が発生し状況が目まぐるしくなってくる辺りでようやく物語に追いついた、という印象でした。

私の感情が物語に追いついてからはいろいろ考察すべきポイントに気付きましたが、それまではただ漠然とストーリーを追うような読み方でした。

事故も大きく複雑、そして考えさせられるテーマも多く一度読んだだけでは消化不良といったところでしょうか。

このクライマーズ・ハイは映画化もされているので、映像作品も読んでさらに深く物語の世界に入り込もうと思います。

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